愛する人を突然失ったとき、もしその悲しみを誰にも打ち明けることができなかったら?
映画『突然、君がいなくなって』は、アイスランドの美しい景色の中で描かれる、あまりにも残酷で、それでいて温かい「喪失と再生」の物語です。
事故で恋人を亡くしたウナの、日が沈まない「白夜」の長い一日。
周囲には秘密の恋だったゆえに、恋人として振る舞うことができない彼女の孤独が、観る者の心に静かに刺さります。
この記事では、アイスランド特有の「ハグ」の文化や、物理的に終わらない一日の描写など、本作ならではの魅力をネタバレなしでご紹介します。
この記事で、この映画に興味を持ってもらえたら嬉しいです。
映画『突然、君がいなくなって』(2024)|基本情報・キャスト
『突然、君がいなくなって』(日本公開/2025年)
英題:When the Light Breaks(PG12)
制作国:アイスランド・オランダ・クロアチア・フランス(2024年)
言語:アイスランド語
監督・脚本:ルーナ・ルーナソン
撮影:ソフィア・オルソン
音楽:ヨハン・ヨハンソン
キャスト:エリーン・ハットル、ミカエル・コーバー、カトラ・ニャルスドッティル、バルドゥル・エイナルソン、アゥグスト・ウィグム、グンナル・フラプン・クリスチャンソン、ほか
上映時間:80分
配給:ビターズ・エンド
→映画『突然、君がいなくなって』の公式サイトはこちら
映画『突然、君がいなくなって』のあらすじ|喪失の悲しみを誰にも打ち明けられないとしたら?
アイスランド、レイキャビクの美大に通うウナ(エリーン・ハットル)には、同じ大学でバンド仲間でもあるディッディ(バルドゥル・エイナルソン)という恋人がいる。
仲睦まじい2人だが、その関係は周囲には秘密だった。
なぜならディッディには、遠距離恋愛をしているクララ(カトラ・ニャルスドッティル)というもう1人の恋人がいるからだ。
ある日、クララに別れを告げに行く、と家を出たディッディだったが、思わぬ事故に巻き込まれてしまう。
その事故によってディッディは帰らぬ人となってしまうが、周囲の仲間には「ディッディの友人でバンド仲間」として認識されているウナは、恋人としての悲しみを表に出すことができないでいた。
そこへ、事故の一報を受けたクララが現れる。
“ディッディの恋人”として、仲間たちに励まされるクララを見て、ウナの心は追い詰められていくが……
『突然、君がいなくなって』感想:言葉よりも深い癒し|アイスランドの文化に見る「ハグ」の効能
アイスランドの人たちは、すごくハグをするんだな。
というのが、最初に思った感想です。
日本でこんなふうに深く頻繁にハグをしていたら、その相手の性別問わず、恋人関係にあると思われてしまうだろうなと思います。
アイスランド制作の映画を見たのが、もしかしたら人生初かもしれないんですが、他の欧米諸国の映画でも、ここまでハグをしている姿は見たことない気がします。
最初こそ「すんごいハグばっかりしてるなー」と、どこか他人事というか、自分とは関係のない文化だな、という感じで見ていたんですが、ストーリーが進むにつれ、ハグのもたらす効能というか、癒しの力を感じるようになりました。
下手な言葉や慰めよりも、ハグをすることで気持ちを伝え合う。
ハグすること、ハグされることで、「1人じゃない、そばにいる」「気持ちを共有しているよ」というメッセージになる。
嘆きの言葉や態度に対し、言葉をかけるのではなく、ただ深くハグをするのです。
あなたの気持ちはわかっているよ、私も同じ思いだよ、と。
これが真のボディランゲージってやつか、と思いました。
この形での感情表現に慣れている人たちにとっては、ハグすることで気持ちを伝え合うのは、息をするように普通のことなんですね。
日本人にはなかなか馴染みのない感情表現ですが、映画を見終わるころには、ハグで気持ちを伝え合うという文化のことを理解できたような気持ちになれると思います。
『突然、君がいなくなって』みどころ|アイスランドの「長い一日」を体感できる
本作の最大の特徴は、物語のほとんどが「事故があった日の、関係者にとっての長い一日」として描かれている点にあります。
物理的な「終わりのなさ」を象徴する白夜
この物語は、「ディッディが事故に巻き込まれた日」の出来事を描いています。
最初のほうにディッディとウナの関係を観客に見せるためのシーンがありますが、ほとんどがこの「事故があった日の、関係者にとっての長い一日」の描写です。
- ディッディが事故に遭う
- ウナをはじめとする関係者がそのことを知る
- 遠距離にいるクララが駆けつける
- 悲しみに暮れるクララをなぐさめる
- 誰にもディッディとの関係を言えないウナが追い詰められていく
- それぞれが親しい友人を失ったことを受け入れようともがく
というのが描写されているんですけど、見ていると、ふと疑問に感じることがあります。
あれ?
もしかして日付変わった?
でもみんな同じ服着てるし、同じ一日の話だよね?
なんか、一日が長くない?
そうなんです。
物理的に一日が長いんです。
白夜なんですよ。
親しい人(恋人・友人)を喪失した一日なので、ただでさえ長く感じるだろうに、日が沈まないため、物理的にも一日が長いんです。
題材的に、これを面白いと言っていいのかわかりませんが、すごく興味深いなと思いました。
白夜がもたらす物理的な「終わりのなさ」は、ウナの心の中の秘密や悲しみが終わらないことと重なります。
アイスランドの静謐で美しい風景とあいまって、彼女の抱える孤独や激情を際立たせているのです。
北欧映画ならではの、明るさの中にある暗闇を垣間見ることができるような描写も、この作品の大きな魅力だと思います。
秘密の恋人ウナと、“正式な”恋人クララの残酷な対比
明るさの中にある暗闇を垣間見るといえば、ウナとクララの関係に尽きるでしょう。
ウナはディッディと付き合っていますが、周囲はそれを知りません。
2人が、というか主にディッディが、それを秘密にしていたからです。
ディッディ最低だな、と思いますが、彼を追悼し偲ぶ友人や恋人(ウナ、クララ)を見ていると、いい友人であり、いい恋人だったんだろうなと思うので、なんとも言えない感情に襲われます。
なんでもっと誠意ある対応をしなかったんだろう?
そうすれば、ウナはここまで追い詰められることはなかったのに、と。
クララと別れてからウナと付き合えばよかったのでは?
“正式な”恋人として周囲に慰められ、労られるクララと、誰にも気持ちを打ち明けられないウナの対比がむごすぎないか?
などなど、この映画を見ながら、いろいろなことを考えてしまいます。
ウナはクララの存在を知っているけど、クララはウナの存在を知っているんだろうか?
その答えは、実際に映画を見て確かめてみてください。
映画『突然、君がいなくなって』のまとめ|日が沈まない白夜の長い一日
『突然、君がいなくなって』は、愛する人の突然の喪失という、ある意味では普遍的な悲劇を、アイスランドの白夜という特殊な環境と、温かいハグ文化という独自の視点で描き出した秀作です。
言葉にならない悲しみ、隠された秘密、そして物理的に「終わらない」長い一日を通じて、主人公ウナがどのように喪失と向き合うのか。
上映時間は映画としては短めの80分ですが、「長い長い一日」を描くには十分です。
本作の劇場公開は終了しており、まだ配信が始まっていませんが、配信が始まったら、この記事であらためて紹介したいと思います。
長い長い一日をかけて、喪失と向き合う若者たちの物語。
アイスランドの白夜を、日が沈まない長い一日を、この映画を見ることで体感してみてもらえたら嬉しいです。
関連作品紹介:喪失と向き合い、前を向く姿を描いた映画
「大切な人を失った喪失感とどう向き合うか」を描いた作品を、他にもご紹介します。
『楓』(福士蒼汰・福原遥主演/2025年/日本)
スピッツの名曲を原案としています。
大切な人を失ったあとの「その先の生き方」を優しく見つめた作品です。
→『楓』紹介記事はこちら

『1ST KISS ファーストキス』(松たか子・松村北斗主演/2025年/日本)
タイムトラベルを通して「過去」をやり直そうとする物語。
変えられない運命に直面したとき、人は何に救いを見出すのか?
コメディタッチながら、最後には深い愛の形に涙する名作です。
→『1ST KISS ファーストキス』紹介記事はこちら


コメント